東京地方裁判所 平成7年(ワ)19502号 判決 1996年11月21日
主文
一 被告は、原告に対し、金一四億四四〇八万〇六七〇円を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同じ。
第二 事案の概要
本件は、平成三年一一月六日に認可され、平成四年九月二二日に確定した和議条件に基づく弁済を求めている事案である。
一 原告の請求原因は別紙「請求の原因」記載のとおりであり、請求原因第一ないし第四項の事実については当事者間に争いがない。
二 被告の第一の主張は別紙「被告の主張」記載のとおりであり、その第一項の記載のとおり、本件債権につき被告主張の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)が設定されていることは当事者間に争いがない。
したがって、第一の争点は、その第二項の主張のように、原告が本件根抵当権を実行して本件債権の不足額が確定しない限り本訴請求が許されないかどうかという法律問題である。
三 被告の第二の主張は、本件和議条件の趣旨に関するものであって、本件和議条件に基づく本件和議が可決認可されるまでの間に、
1 原告は本件債権を和議債権として行使することを放棄した、
2 原告を含む別除権者と被告との間で、別除権付債権を和議債権として行使しない旨の和解契約が黙示のうちに成立した、
3 本件債権のうち和議申立日以降の利息及び遅延損害金は黙示に免除された、というものである。
四 被告の第三の主張は、本件和議が確定した後、原告は、
1 平成五年九月二三日に本件和議条件第二項に基づく第一次配当を受けることを放棄し、
2 遅くとも平成六年一二月二〇日の時点で本件和議条件第四項に基づく第二次配当を受けることを放棄した、
3 被告との間で、本件債権は右第一次配当の対象とせず、右第二次配当においては別除権実行済みでなければ配当の対象としないとの黙示の和解契約が成立していた、というものである。
五 原告は、右被告の第二、第三の主張に係る放棄等の各事実をいずれも否認しており、右各事実の有無が第二の争点である。
第三 当裁判所の判断
一 第一の争点について
請求原因第一項ないし第四項の事実(本件債権の存在等)及び別紙「被告の主張」第一項の事実(本件債権につき本件根抵当権が設定されていること)は当事者間に争いがないところ、被告は、和議法四三条の趣旨は、「別除権付和議債権者は、破産の場合と同様に、別除権行使によって弁済を受けられない残額(以下「不足額」という。)についてのみ、和議債権の行使を認めることとする。」というものであるから、原告が本件根抵当権を実行して本件債権の不足額が確定した後でなければ、本件債権を和議債権として行使することができない旨主張する。
しかし、和議法四二条、四三条が破産法第八章を受けた規定であることはその規定自体から明らかであるものの、和議法には、議決権の行使の場合を除き、破産法のように和議債権と非和議債権とを分別確定する手続がなく(認可決定された和議条件の履行につき破産法上の強制和議のように債権表の記載をもって債務名義となるということもないから、和議管財人のする債権調査は債権者集会における議決権の行使額を定めるものであって、債権を実体的に確定させるものではない。)、また、和議が認可され確定すると和議手続が終わり、破産手続のように破産財団を破産管財人が管理し換価配当するという手続もなく、ひいては、破産法のような配当の寄託、除斥(同法二七一条、二七七条)という手続もないことなどからすれば、和議法四三条を被告主張のように解釈しなければならないということはないというべきである。
そして、別除権の行使によって現実の弁済を受けるまでに相当の時間を要すること、その間に和議債務者の経済状態が悪化し、担保物件の価額が下落するなどの事情変更がありうること、それにもかかわらず、その間、一般債権者にあっては和議条件による弁済を早期に受けることができるのに、別除権者にあっては別除権の行使によって不足額が確定しない限り和議条件による弁済を全く受けることができないということには実質的な合理性がないというべきこと、すなわち、元来別除権者は任意弁済を受けることができるし、また、強制執行した後に、なお残っている債権額につき別除権の行使をすることも許されているにもかかわらず、和議法四三条につき被告主張のような解釈をすれば、前記破産手続の場合のように債権表が債務名義となるとか、破産管財人において破産財団を換価して配当するとか、前記寄託、除斥の手続があるなどといった制度的保障が全くないまま、別除権の行使手続が完了して不足額が確定するまで和議条件に沿った債務名義を取得することすら許されないことになるが、それは著しい不合理というべきであること、一方、別除権者が和議条件に沿って一般債権者として早期の弁済を受けた後に、その不足分について別除権を行使することを許したからといって、別除権者を格別に優遇していることにはならないというべきであることなどを併せ考えると、和議法四三条の規定は、基本的に議決権の行使に関する規定であって、別除権者が和議条件に沿った弁済を受けることまでを制限した規定ではなく、別除権者は少なくとも不足額が確定していない限り別除権付債権の全額につき右和議条件に沿った範囲内で弁済を受けることができると解するのが相当であるというべきである(その後不足額が確定したとき、右債務名義に対する請求異議事由となるかどうか、既に受けた弁済につき不当利得返還請求権が発生するかどうか、遡って、そもそも別除権行使手続の配当に際して右弁済のあったことが配当異議事由となるかどうかという問題は残るが、本件の結論を左右しないものとして措くこととする。)。
なお、特約によって、又は別除権者の同意に基づく和議条件として、別除権付債権について、別除権の行使によって不足額が確定するまで和議条項に定めた弁済をしないことにすることは可能であると解されるが、本件和議条項がそのようなものであったことについても、右特約のあったことについても、これを認めるに足りる証拠がない(次の二参照)。
よって、第一の争点に関する被告の主張は採用することができない。
二 第二の争点について
証拠(甲一の一、二、二の一ないし三、三ないし五、乙一ないし一〇、一一の一ないし三、一二)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告の本件和議の申立てから本件和議の認可確定に至るまでの概況、本件和議の認可決定後の被告や原告の動向の概要をうかがい知ることができるが、それらを全部総合しても、被告の第二の主張のように、本件和議条件に基づく本件和議が可決認可されるまでの間に、原告が本件債権を和議債権として行使することを放棄したとか、原告を含む別除権者と被告との間で、別除権付債権を和議債権として行使しない旨の和解契約が黙示のうちに成立したとか、また、本件債権のうち和議申立日以降の利息及び遅延損害金は黙示に免除された(なお、原告は本件債権として元金についてのみ請求しているものであるから、この点は本件の結論を左右しないところというべきである。)などという事実は容易に認められず、さらに、被告の第三の主張のように、本件和議が確定した後に、原告が、平成五年九月二三日に本件和議条件第二項に基づく第一次配当を受けることを放棄したとか、遅くとも平成六年一二月二〇日の時点で本件和議条件第四項に基づく第二次配当を受けることを放棄したとか、本件債権を右第一次配当の対象とせず、右第二次配当においては別除権の実行済みでなければ配当の対象としないとの黙示の和解契約が成立していた、などという事実も到底認めることができない。
かえって、右証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は終始ほぼ本訴請求に沿う行動を採り続けていたというべきことがうかがえるのであり、右被告の主張に係る債権放棄、免除、和解契約の締結につき、原告の意思表示を示す文書が全く作成されていないことは弁論の全趣旨及び右各証拠から明らかであるから、そのような証拠状況の下で、商工組合中央金庫法に基づく原告の巨額の債権について、被告主張のような放棄、免除、和解の事実を認定することは到底できないものというべきである。
よって、被告の第二、第三の主張も採用することができない。
三 以上の次第であって、被告の主張はいずれも採用することができず、前記のその余の事実からして原告の本訴請求は理由があると認められるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤剛)